社会福祉法人佛子園

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ミーティング2

翌年の秋にミーティング再開!! PCメンバー
再開までの間にKさんは・・・
三草二木西圓寺(就労継続支援B型事業所)のカフェで働きだした。
→売り子さんになりたいという夢が叶った!
→地元のお客さん、一緒に働いているワークシェアスタッフなど、人間関係が広がる。
→働くのが楽しい、うれしい。
一人暮らしの夢が消える?!
→5月に母親を訪ねた際、認知症が悪化。母親よりぬいぐるみを投げつけられる。
→母親に会いたくない。
→夏以降、母親のことを口にすることがなくなる。
→一人暮らしをすると、友達と会えなくなるから、このまま、GHの4人で仲良く暮らしたい。
当初のゴールがなくなってしまい、あせるメンバー
本人が口をつぐんでいる以上、母親のことを無理やり聞きだすのは得策ではない。
ミーティングは継続すべきか、終了すべきか???
小さなことにでも取り組み、話し合いを継続していくことで、新たな夢や希望が出てくるかも。
とりあえず、他にやりたいことがあるか聴いてみよう。
そこで聴いた結果
「自分の部屋にタンスを買いたい」がゴールに
メンバーは、こんな身近ですぐにでも叶いそうな希望にみんなで取り組むものなのだろうか?と悩む。
戦略1
WHAT WHO WHEN
タンスを見に行く K、F 次のミーティングまで
戦略1の結果
  • ほしいタンスが見つかった。
  • 値段は51,300円
  • 一人暮らし用に、貯金箱に貯めていたお金でタンスを買うことにする。
戦略2
WHAT WHO WHEN
貯金箱のお金を数える K、その他PCメンバー 次のミーティングで
戦略2の結果
  • 貯金箱のお金:42,265円(足りない分は預金から出す)
戦略3
WHAT WHO WHEN
貯金箱のお金を両替 K、T 次の金曜の昼休み時間
タンス購入 K、F 次の日曜
PCミーティングが再開してすぐに・・・
母親の状態が悪化しGHを退所。病院へ入院
⇒かっちゃん(東京に住む血のつながりのない妹)が入院の手続きをしてくれたらしい。
それでも、お母さんには会いたくない。
⇒母親への気持ちを初めて爆発させる
かっちゃんはどうしているのか…?しばらく会っていないので会いたい。
新たなゴール
「かっちゃんに会いに行こう」
戦略1
WHAT WHO WHEN
かっちゃんの連絡先を調べる 次のミーティングまで
戦略1の結果から
  • Wが かっちゃんと連絡を取る⇒仕事をしていてすぐには会えないけど、電話はOK。
  • Kさんがかっちゃんに電話をする。かっちゃんや娘(Kの姪)が元気でいるかを聞く。
  • 「久しぶりにお姉ちゃんと話ができて元気になった」とかっちゃん。
  • Kさんがこれからも電話をしてもいいかを聞くと、OKの返事
それから…
  • 姪が、今春小学校へ入学することを聞き、お祝いを贈る
  • 時々かっちゃんに電話をし、姪とも話をする
  • 西圓寺では、ますます楽しそう
さらに次の年の6月
  • お母さんの危篤の連絡が入り、翌日面会に行く。その日に死去。
 →しばらくは、ショックを受けていたものの、気丈に供養を済ませる。
 →毎日、母親の位牌に手を合わせ、お花を活けている
 →K家のお墓がないため、佛子園の隣の行善寺に佛子園関係者のための「有縁仏」を建立
ファシリテーターよりKさんへ
『Kさんの生きがいって何ですか?』と尋ねたところ
「西圓寺のカフェで働くこと!!」と答えが返ってきた


PCPを実践して2
このKさんのPCPは、当然のことなのかもしれないけれど、本人をとりまく環境や状況の変化から夢やゴールも変わっていくことを実感した事例です。
「お母さん」という大きな存在が、Kさん本人の中で葛藤し出した時にどうするか。
私たちは彼女の中に土足で入り込むことは極力避け、本人から出る言葉を待つように心がけました。
結果的に、本人の言葉を聞き洩らさずに、丁寧に対応していくことによって、西圓寺という職場の仲間や妹や姪など、人間関係が広く深くつながり、それが生きる上での張りとなったのです。
それに伴って、それぞれのPICTUREのレベルアップが図られ、QOLの向上にもつながりました(右記参照)。
Kさんが、前を向いて頼もしく歩いているので、KさんのPCPはひとまず終了です。
現在は、次の事例にとりかかっています。
興味がある方は、ぜひご連絡ください。
KさんのPCP

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